「ありがとう」


 始まりは偶然に、だが、その夜に訪れた出会いは必然だった。
 毎年当たり前のように訪れていた誕生日。とりわけて思い入れの無かったその日は、騎士達との出会いによって特別な日へと変化した。これまで一人で通ることの多かったスーパーからの帰り道も、今では後ろから手を添えてくれる人達がいる。

「〜♪ 今日はいっぱい買い物してもうたな♪ 料理人の腕が鳴るっちゅうもんや♪」

 今晩の献立を思い浮かべながらはやては声を弾ませた。

「あの……主様、我らの食事に関して過度のお気遣いは無用ですが」

 はっきりとした態度でシグナムは主の気遣いを拒否する。

「そんなんはあかん。闇の書の主としてみんなの衣食住、きっちり面倒見るって決めたんやから。これくらいは当然や」

 びし! と人差し指を立てて否定する守護騎士達の主、八神はやて。

「そ、そういうことでしたら……、お言葉に甘えさせていただきましょう♪」

 ね? っとシャマルは諭す様に目で合図をする。シグナムも一応納得したのかそれに無言で返した。

「まったくよー、ぐだぐだ言ってねーで最初っから主様の言うこと聞いてりゃよかったのによー」
「お前は少し言葉が過ぎるぞ。主様の御前でそのような言葉遣いは控えたらどうなんだ」

 普段口数が少なめなザフィーラが、ヴィータの口調に見かねて口を挟む。

「へいへーい、気をつけますよー」

 そんなやりとりをしながら、一同は帰路の途についた。

「ただいまー」

 はやては我が家へ挨拶しつつ、遠慮がちに彼女達に訊いた。

「あー、えっとな……、家に上がる前にちょう車椅子を磨かなあかんのやけど……、一人だと大変やから悪いんやけど手伝ってもらえんかな?」

 突然の申し出に一瞬彼女達は顔を見合わせたが、すぐに返答した。

「ええ、もちろんです。わざわざ主様の手を煩わせるまでもありません」
「ほんまかー。ふふ、ありがとなみんな♪」

 安心したようにはやてはほっと胸を撫で下ろす。申し出を受けたシャマルは、すぐにヴィータとザフィーラに掃除の手伝いを促す。

「ほんならシグナムは……はいっ♪」

 はいっと両手を広げ腕を伸ばして、はやてはシグナムを見上げる。

「へ? あ、あの……、主様、これはいったいなんでしょう?」
「なんでしょうやない。抱っこやだっこ」
「だ、だ、抱っこですか!?」

 はやての予想外の要求にシグナムはあからさまにうろたえだした。

「そうや。わたしが車椅子に乗ったままやと掃除ができへんやろ?」
「たしかに、で、ですがそのような無礼な行為はベルカの騎士として……」
「ベルカの騎士っちゅうのは、わたしのお願い事も聞いてくれへんのか……」

 少々……というか明らかにわざといじけたように迫る主はやて。

「い、いえ決してそのようなことはありません」
「ほんならええな? はいっ♪」
「んな! く、うぅ……。で、では、失礼します」

 はやての名演技(?)も手伝ってか、シグナムははやてを抱きかかえた。

「…………」
「……どうかなさいましたか?」

 はやては抱かれた腕の中で、シグナムの体のある一点を真剣な眼差しで見つめていた。ふくよかに膨らんだ女性の象徴ともいうべきシグナムのその部
分は、服の上からでも十分すぎるくらいにそれとわかる大きさである。

「シグナム……」
「はい、何でしょう?」

 しばらく沈黙していたかと思いきや、はやては突然切り出した。

「揉んでもええか?」
「ぅええ!? あやっ、そ、それはダメですっ!」

 意表をつかれたシグナムは、一瞬のうちに首まで真っ赤にしながら先ほど以上に取り乱した。そんなやりとりをしているうちに掃除のほうは既に終わっていたようで、それをシグナムは見逃さなかった。

「あ、主様。車椅子のほうが済んだようなので、そろそろ……」
「うーん、まぁしゃあないな。お楽しみはまた今度や♪」

 主の恐ろしい発言に背筋が凍るのを覚えたが、気にしないように、シグナムはややぎこちない動作ではやてを車椅子に降ろした。一呼吸置いて体裁を取り繕った後、シグナムは話題を変えるためにさりげなく訊ねてみた。

「主様はずいぶん前からお一人で住んでおられるのですよね?」
「ん? そうやけど……、どないしたん?」

 唐突な問いかけにはやては首を傾げる。

「いえ、車椅子での生活はなにかと不都合が多いのではないかと思いまして」
「そうですよ、足が不自由な上に一人暮らしなんて大変じゃ……」
「んー、たしかに不便なことは多かったけど、わたしはな……、この足が自由に動かせんでもそのことで自分が不幸だなんて思ったことは唯の一度もあらへんよ」

 穏やかだが、はっきりとした口調ではやては言葉を紡ぐ。

「それにな……今はみんながおるからわたしはもう一人じゃないんよ」
「主様……」
「あー、前からちょう……やないな、めっちゃ気になってたんやけどその『主様』っていう呼び方はやめてくれへんかな? わたしには『八神はやて』っていう名前があるんやから。それになんか仰々しくって嫌や。ちゃんと……『名前』で呼んでくれへんかな?」

 主の言葉に彼女達は少しの間、戸惑いを隠せない様子でお互いに顔を見合わせていた。しかし、自分たちに微笑みかける主の暖かい視線に気が付くと、その優しさに応えるように、ヴィータが躊躇いがちにゆっくりと口を開く。

「は、はやて……」

 つられてシャマルが顔を赤らめながら……。

「はやてちゃん……」

 続いてザフィーラが遠慮がちに……。

「……我が主……はやて」 

 そしてシグナムが真っ直ぐにはやての目を見ながら言葉を紡いだ。

「……主はやて……」
「うん……、うん! まあザフィーラとシグナムのはちょう固いけど、それはそれでおっけーや♪」

 あはは、と優しい笑みを浮かべながらはやては続けた。

「みんな……ありがとうな。これからはずっとずっといっしょやからな……」
「はい、もちろんです……。ありがとうございます、主はやて」

 小さなきっかけ、大きな出会い。
 その日を境にして八神はやてには、共に支え、護りあえる家族が出来た。
 この後直面する「闇の書事件」も、彼女達だったからこそ乗り越えられたのかもしれない。