電子音とともに扉が開かれた。まだ人の出入りの少ない部屋に一人、足を踏み入れる。

 一歩踏み出すたびに固い床が踏み鳴らされ、静まり返った隊舎に甲高い音を立ててゆく。

 少女と形容するには成長しすぎだが、大人と呼ぶにもどこかあどけなさが残っている一人の女性。

 八神はやてはゆっくりと歩を進める。

 広大な面積を誇る建物、機動六課隊舎の一室である部隊長オフィスにはやては来ていた。

 落ち着いた雰囲気のする部屋にはまだ荷物が少なかった。いや、それとも使用するものの趣向なのだろうか。どちらにせよ、簡素な造りのオフィスからはどこか無機質さが感じられた。

 部屋中央から少し外れたところには来客用のソファが置かれている。

 ちょうどよい大きさのソファが並んでおり、これならば、五、六人程度の来客であれば十分対応でき、なおかつ小規模な話し合いも行うことが可能だろう。

 部屋の奥は一面が窓になっていた。

 窓は大きく縁取られており、今は月明かりが控えめに差し込んでいる。その付近には景観を損なわない程度の観葉植物が据えられていた。

 そしてその脇、部屋の一番奥に置かれた部隊長用のデスクの前ではやては止まった。

 デスクはいたってシンプルなデザインであり、使いやすさに重点を置いた設計がなされている。いまだに木の香り漂うデスクの上には何も物が無く、月光に照らされたはやての顔を映し出している。

 はやては映った自分の顔を一瞥すると、回り込んで椅子に腰を掛けた。深く座り、背もたれに体重を預けると、スプリングが小気味よい音を出す。

 傍らに視線を投げるとそこには小さな机と椅子のセットがあった。それは技術部に特注で作らせた、リインフォース専用の物である。

 ただの縮小版ではなく、きちんとリインん用に設計された机はさぞかしリインも気に入ることだろう。

 きっと椅子をくるくると回転させて喜ぶに違いない。はやては小さな椅子の上ではしゃぐ小さな上司の姿を思い浮かべて頬を緩めた。

「さて、と」

 背もたれから上半身を離し、浅く座り直した。

「いよいよ明日やな」

 明日は機動六課部隊員とスタッフが全員集結する手筈となっており、はやては集合した隊員達の前で機動六課の課長、及び部隊の総部隊長として挨拶することになっていた。

「最初が肝心や」

 机の上に肘を掛け、指を組んだ。眉間にしわを刻みながらはやては正面を見据える。

 ただでさえ静まり返った深夜の部隊長オフィスに、重苦しい空気が漂う。

「えー皆様、本日はお集り頂き――、なんか硬過ぎやな」

 はやては突然挨拶の練習を始めた。だが、今のはあまり納得がいかなかったようである。

「さ、気を取り直しまして」

 一つ咳ばらいをすると言葉を続けた。

「レディースアーンドジェントルメーン――ってパーティーかい!」

 ビシっ!

 自分で自分に鋭い突っ込みを浴びせる。さすが部隊長。

「えー続きまして」

 なんだか雲行きが怪しくなってきたが、お構いなしにはやては叫ぶ。

「諸君、わたしは――って待てぃ!」

 再びセルフ突っ込み。一体はやてはどんな場面を想像して挨拶を考えているのだろか。

 そしてしばらく押し黙ってしまう。首を傾げたり机に突っ伏したりしていると、ふとはやては顔を上げた。

「やっぱこれやな」

 満足気に頷いたはやては椅子から立ち上がる。そして深く長く呼吸を繰り返す。胸に手を置き気持ちを落ち着かせ、言葉を発する準備を整える。目を閉じて発するべき言葉を、心の中で反芻する。

 大丈夫、わたしなら言える――。

 そう自分に言い聞かせる。

 緊張しないわけではないのだ。明日は大勢の人の前で挨拶をしなければならないのだ。

 初めが肝心。人の上に立つ者としてしっかりとけじめをつけなければいけないのだ。

 失敗するわけにはいかない。やっとここまでこぎ着けたのだ。夢を叶えるための部隊。

 自分の想いを再確認するとはやては瞼をゆっくりと開いた。そして大きく息を吸い込んだ。

「機動六課の者達よ、オールハイルブリタニアァァアアア!!」

 奇怪な雄たけびは、何故かやけに響いた。

「なあシグナム。はやて一体どうしちゃったんだ……」

 オフィスの外、ドア一枚隔てた廊下でヴィータは不安げな視線を傍らのシグナムに向ける。

 視線を向けられたシグナムは言葉を発する代わりにヴィータの肩に手をそっと置いた。そして首を横に振る。

「そっとしといてあげるってことなのかよ……」

 守護騎士達の心配をよそにはやての思考回路は危ない方向へと働いてゆく。