「扱いは丁寧に」

 

かたかたかた。

 子気味よいタイプ音がマンションの一室に響く。椅子に座って作業をこなしているのは一人の少女、いや女性、エイミィだ。以前はショートヘアーだったのだが、最近では女性としての自覚からなのであろうか。栗毛色の髪は腰元まで伸ばされており、毛先まで丹念に手入れが行き届いている。明朗快活、思い立ったら一直線。見た目を裏切らない中身を持ち合わせた人物でもあった。

 

「ふー、こんなもんかな」

 

一段落ついたところで背もたれに身を預けてゆっくり体を休める。

 こんこん。

 そんな時、突然部屋のドアがノックされた。

 

「はい、どぞー」

 

ドアを開けて一人の男性が現れる。

 部屋へ入ってきたのは彼女の夫、クロノだった。過去に見る少年の幼さは消え、心身ともに成熟した大人の佇まいを齢若干にして持ち合わせている。

 

「遅くまで御疲れ」

 

 はいっ、とクロノはコーヒーを手渡した。

 

「ま、これが私のお仕事ですからね」

 

 エイミィは熱いコーヒーを冷ましながら啜った。

 

「あまり根を詰めすぎるのもよくないぞ」

「それをあなたが言いますか。クロノ元執務官」

「今は違うだろ。昔のことだ」

 

 労いも程ほどにして冗談交じりに会話を楽しむ。 

 

「さて、何の用も無しに君のところを訪れたわけじゃないんだ」

「え、そうなの」

 

 クロノの突然な言い出しに戸惑うエイミィ。

 

「大切な用事なんだ」

 

 そう言うと、クロノはエイミィの手を取り、握り締めた。

 

「え……、どうしたの」

 

 エイミィは思わず身を硬くして身構えた。不意に視線が交錯する。クロノの真剣な眼差しがエイミィの瞳を捕らえて逸らさない。じっとあたたかく見つめてくる。思わず握られている手に力を込めた。

 

「大丈夫だ、直ぐ済むから」

 

 そう言うと、クロノはおもむろに空いたほうの手で自分のズボンを弄りだした。

 

「ま、まさか」

 

 苦労して取り出したクロノの手には硬いモノが握り締められていた。それはぎらぎらと鈍く光を放っていた。全体が膜で覆われたような光沢を放ち、その様相から硬いモノであることが容易に見て取れる。

 それは小さめな為なのだろうか。クロノの手に覆われてその姿はすぐに見えなくなってしまった。エイミィはもっと観察する為に身を乗り出した。

 

「あ、あまりじろじろ見るなっ」

 

 クロノはその様子を見て、思わずエイミィをたしなめた。

 

「そんなことない。凄い、凄いよクロノ君」

「ばか、触るなって」

 

 少々乱雑にエイミィの手を払いのけた。

 

「済むまでの間くらい我慢しろって」耳元で囁きながら付け加えた。「その後だったらいくらでも飽きるまで弄くっていいんだぞ」

 

 それを聞いたエイミィは顔を紅潮させながら伏せてしまった。

 

「やだよ、こんなところで」

 

 それでも必死に抵抗の意思を見せる。だが、言葉とは裏腹に抵抗の色は微塵も見受けられない。それをわかってかクロノは黙って握っていたモノをゆっくりとエイミィの繊細な箇所へとあてがっていく。

 

「あ、硬い」

 

 先端に触れるとエイミィは思わず漏れると息とともに言葉を漏らした。

 

「い、痛くないかな」

 

 不安の色は隠せないようだった。

 

「大丈夫だ。ゆっくり慎重にやるからな」

 

 そんなエイミィの心中を推し量ったようにクロノは優しい言葉を投げかけていく。そして徐々に押していく。繊細に丁寧に。

 

「は、入ってるよ。クロノくん、入ってるよ」

 

 きつく瞳を瞑り、事を見守っていたエイミィは声を出した。

 

「わかってる。だが、ここからが大変かもしれないな」

 

 クロノは冷静に状況を判断した。序盤は至極簡単に押し進める事ができたが、そろそろ一際キツくなりそうな予感がクロノにはあった。

 そして、ついにその山場へと差し掛かる。

 

「あっ、い、痛いよクロノ君」

「す、すまん。もう少しで入りそうだから我慢してくれ」

「うん……。クロノ君が言うなら、頑張る」

 

 その言葉が愛しくて。ただただ夢中で押し進めた。

 

「うっ……くっ、き、っっつ、う……あんっ」

 

 その姿は普段の快活な彼女からは想像できない程のものだった。顔を赤らめて無防備な肢体をさらけ出し、クロノにしなだれかかっている。それは嬉しさからくるのか、それとも恥じらいからきているのか、顔を赤らめている。

 

「もっと……」

 

 漏れる吐息にまじってエイミィのか細い声がクロノの耳に届いた。懇願するように。まどろんだ瞳でエイミィがクロノを見つめる。恥じらいを捨て、しな垂れかかった体勢でクロノの耳元に唇を近づけていく。漏れる吐息がクロノの頬をなぞる。

 

「……やさしく」

 

 発した声とともに甘い呼気がクロノの耳の中に吹き込んでくる。そのままクロノの脳内に到達し、桃色に脳内が染まる錯覚を覚えた。

 

「はめはめして……」

 

 最後の言葉でクロノは吹っ切れた。いままで押さえていた欲望を剥き出しにして一気に推し進めた。

 

「痛っ、痛いよクロノ君」

 

 返事をしなかった。もうクロノの耳にはエイミィの言葉など届いていなかった。

 

「痛いって――」

 

 エイミィがクロノの耳を掴んだ。そしてぐいっと引き寄せて叫ぶ。

 

「言ってんでしょうがぁぁぁああ!!」

 

 勢いに任せてクロノを突き飛ばした。

 

「ぐあ」

 

 そのままクロノは床に尻餅をつく。

 

「そんなに怒ることないじゃないか」

「うっるさい!!」

 

 エイミィは怒り心頭で怒鳴り散らした。あまりの痛さに我慢も限界だったようだ。散々当たり散らすと、エイミィはずかずかと部屋から出て行ってしまった。

 身を起こしてクロノは一人呟く。

 

「やっぱり指輪のサイズくらい確認しとくべきだったかな」

 

 手に残った婚約指輪を手に一人ため息を吐いた。