「願い事は何?」
                           

 見上げれば、晴れやかな冬の空が広がっている。しかし、視線を戻せば、見渡す限りに人が群がっている。

「朝っぱらからよくこんなに集まるよな」

 はー、と嘆息しながら、境内の一角でヴィータは呆れ気味に言葉を漏らした。

「まあまあ、そないなこと言わんと。お正月は家の中でのんびりしがちやから、こういう日くらいはお外に出んとあかんで、ヴィータ」

 朗らかに笑いながら、はやてはヴィータを嗜めた。

「そうだぞ、怠けていると直ぐにシャマルみたいになってしまうぞ」
「んな!? なんてこと言うのよシグナム!」

 半ば冗談気味に言うシグナムに対してシャマルは間髪入れずに抗議の声を上げた。

「なんだ? 最近頻繁に体重計に乗っていたから、私はてっきり気にしていると思ったのだが」
「そりゃあ、たしかにこの前の特大クリスマスケーキはとってもおいしかったし、はやてちゃんの手作りおせち料理も楽しみだし、それに最近は寒さが厳しいからあまりお外に出てないけど……」
「そんだけ思い当たる節がありゃ十分じゃねえか」
「これを期にたまには俺の散歩に付き合ったらどうだ」
「ううっ、そ、そうしようかしら……」

 子犬形態のザフィーラに止めを刺されて、溜息を吐きつつシャマルはうな垂れてしまった。
 そんな彼女達のやりとりをはやては静かに見つめていた。

 「闇の書事件」から約一年。彼女達は、変わらないでいてくれる部分こそ多いが、変わってくれた部分もある。心にゆとりができたのだろう。冗談交じりで言い合う行為が、八神家の日常の一部になっていた。あの事件のおかげではやて達は、お互いをより大切に思えるようになれた。

「と、ところではやてちゃん。初詣って具体的にはどんなことをするんですか?」

 咳払いを一つしてシャマルははやてに訊ねた。

「そういえば、去年は行きそびれちまったから、何すんのかわかんないな」

 あーたしかに、とヴィータも相槌を打つ。
 そやなー、とはやては人差し指を口元に当てながら、しばし考える素振りを見せた。

「簡単に言えば、一番奥のお賽銭箱っちゅうとこまで行って、神様に今年一年の無事を祈ったり、お願い事をするみたいな感じかな」
「よーし! 要はこの人混みの中、一番奥まではやてを無事に送り届ければいいんだな」
「そのようなことでしたら我々にお任せを。シャマルはそのまま主の後方を。ヴィータとザフィーラは左右を固めるんだ! 私が正面をお守りする!!」
「まかせて!」
「おう!」
「了解した」
「ちょ、ちょーみんな!? そないに意気込まんでもええから――ってうわー!?」

 はやての静止の声も空しく、闘争心を剥き出しにした守護騎士達を纏った車椅子は、喧騒の波に飲み込まれていった。

「――っ、はぁー、はぁー、はぁー……、だ、大分いい運動になった」
「はぁ……、た、たしかに」

 一騎当千の戦騎である、シグナムとヴィータでさえこの有り様なのだから、シャマルにおいては言うに及ばずである。ザフィーラはというと、群集の足に踏まれないように、先程まで四苦八苦していた。そして、その様子がはやてには可愛らしく見えたようで。

「あはは、大丈夫かー、ザフィーラ♪」

 よしよし、と頭を撫でられていた。

「みんなは何をお願いしたん?」

 ところで、と言いながらはやては訊ねた。

「主はやて――」「はやて――」「はやてちゃ――」「我が主――」

 彼女達は同時に答えようとした。しかし、そこまで言いかけて止まってしまい、丸くした目でお互いの顔を見回してしまった。

「みんな考えとることは一緒なんやな。ありがとうな」

 こういうところは変わってへんな、とはやては頬を掻きながら思った。

「じゃ、じゃあさ、はやてはどんなことお願いしたの?」

 ヴィータは大げさに声を弾ませて訊ねた。
 ふふっ、と笑みを溢しながらはやては静かに瞼を閉じる。彼女達の視線がはやてに集中する。

「んっとな……」

 ゆっくりと、しかしそれでいて力強く言葉を紡いでいく。

「わたし達の……新しい家族が無事に誕生しますように……って」

 言い終えると、はやては閉じていた瞼を開き、しっかりとした視線で彼女達の顔を見回した。そうすると、先程の言葉に驚いた顔がはやての目に映り、また笑みを溢してしまう。
 一瞬の間を置いた後、シャマルは前のめり気味に訊ねた。

「そ、それって『あの子』のことですよね?」
「え、もうすぐなの? はやて」

 ヴィータは期待の眼差しを向けていた。ザフィーラも言葉にこそ出さないが、いつもより尻尾を大きく揺らし、落ち着かない様子である。

「あはは、どやろなー」
「無事に誕生されることを願っています」

 そっとはやての肩に手を置きながら、シグナムは微笑んだ。
 はやては思う。きっとやさしい子に生まれてきてくれるだろう、と。だって『彼女』が残してくれたのだから。腰まで伸ばした綺麗な銀色の髪。透き通った深紅の瞳。包み込むような優しさをその内に宿した、やわらかい笑顔。そんな『彼女』から贈られたものだから、きっとわたし達の家族になってくれる。そうはやては思い、また、確信する。

「そろそろ帰ろか?」

 はやては皆に呼びかけた。
 寒さの厳しい季節の中、はやて達は家へと足を運ぶ。道中見上げた空には、視界を遮る雲一つ無く、どこまでも、遠く遠く澄み切っていて、それがはやてには清々しく感じられた。