せっかく帰ってきたのに何でエリオとキャロがいるんだ。

 そして、どうして自分はキャロが作った料理を食べているのだろうか。

 なんで。

 どうして。

 疑問は尽きない。

 今頃はいつものハラオウン家でフェイトと共に楽しい夕食の時を過ごすはずであった。

 それが何をどう間違ったのか、何故こうなってしまったのだろう。

 何を呑気に同じ食卓で仲良く食事をしてるんだ。いつも楽しい食卓が今日は酷くつまらない。

 一人だけが浮いてしまったような、そこに馴染めない感覚。自分が違和感の塊となってしまっているのが手に取るように感じる。

 大勢で食卓を囲っているはずなのに、孤独感を抱いてしまう。

 自分は一体今どんな顔をしてるだろうか。

 上っ面だけの笑顔を貼り付けて右から左へと会話を流し、皿に盛り付けられたおかず類を箸でつまみ、口へと運んで咀嚼することだけに没頭する。

 味なんてわからなかった。むしろわかりたくもなかった。

 美味しかろうが、不味かろうがどちらでもいい。

 そんなことに興味はない。フェイトのことを思うだけでそんなことは些末なことであった。

 だが、今この空間で同じ時をこの二人と共有していることに関しては全くもって些細なことではない。

 こちらにとってはこのことこそ違和感である。

 早くこの事態を解決しなくては。

 害虫は駆除すべきである。幸いにも一匹見つけたら三十匹はいると思えなどと言う迷信ともつかぬやたらと説得力ある格言は今回の場合は当てはまらない。

 なんせ駆除すべき対象は二人だけだ。まだ間に合う。

 子供二人くらいどうということはない。

 そうだ。

 たかだか子供ではないか。何を自分は今まで焦っていたのだろう。

 相手はまだ十にも届かないひよっ子なのだ。

 アルフの中でどろりとした感情が疼く。

 淀みなく流れていた感情が溜まっていき、次第にある決意として固まりつつあった。

 

 皆が寝静まった。

 時々聞こえるのは微かな衣擦れの音やマンション沿いの道路を走る自動車の駆動音。

 道路沿いの立地条件から、昼間や朝晩の通勤帰宅時間は交通量が増えて騒音が酷いなどとリンディは小言を漏らしていたが、今は夜中も過ぎた深夜帯。さすがにこの時間ともなると道路を走る自動車など皆無であり、いたって静かな住宅地となる。

 そんな静かな夜であれば日頃の疲れが溜まっていなくてもおおよその人はぐっすりと快眠の限りを尽くせそうものだが、それを良しとしない人もまた存在した。

 アルフは寝室のベッドの上で息を潜めるかのように微動することなく腰を据えている。

 

「寝た……かな」

 

 おもむろに立ち上がるとドアまで忍び寄り、静かに戸に手をかける。

 開閉するほんな些細な物音さえ、妙にうるさく感じてしまうのは致し方ないところ。

 細心の注意を扉に払いつつ、廊下を目的地へと突き進む。

 目指すべき場所は寝室。

 もちろん自分が先程まで身を潜めていた寝室であろうはずがない。

 ということはこの家の者の誰かの寝室である。

 今頃は閑静な住宅街の静けさも手伝って、昼間の日光に十二分に晒された布団にその身を預けて眠ることに徹しているはずである。

 扉を前にしてアルフは立ち止った。

 それが自分の前に立ちはだかる越えようのない壮大な壁でもあるかと思うほどに、しばらく見入ってしまう。

 いよいよその足が廊下に縫い付けられてしまい身動きが本当に取れなくなったのではと疑う程の時間が経過したところで、アルフはドアノブに手を伸ばした。

 そこで初めて気が付く。

 

「震えてるのか」

 

 それは疑問だったのだろうか。

 はては自分に言い聞かせる確認の作業だったのだろうか。

 淡々と口に出してみてアルフはどちらとも付かぬ言葉に意識を持っていかれる。

 しばしの沈黙の後、アルフは戸を開けるべく指先に力を込める。当然のことながらただの寝室のドアであるから、それ程の力を要さずに心地良い重さを持った扉は容易に開かれた。

 寝室の中の空気が開かれた隙間から漏れ出てきて、アルフの鼻腔をくすぐる。

 廊下の空気とは一線を引かれた雰囲気がそこには確かにある。微かな寝息だけが部屋の中で唯一感じられる人の生気。

 どくん。

 心臓が高鳴り、息遣いが荒くなる。

 抑え込もうにも心拍数だけは意識でどうこう出来るものではなく、一度気になりだすと余計に気になってしまい返って逆効果であった。

 自分の内臓器官との格闘を早々と諦めたアルフは、逸る気持ちをそのままに、未だに深い眠りへと船を漕いでいる二人へと近寄る。

 

「あんたらがいけないんだ。エリオ……、キャロ……」

 

 二人は静かにゆっくりと深い呼吸を繰り返している。呼吸に合わせて小さな身体に掛けられている薄手の布団が上下している。

 今から自分はこの二人に何をしようとしているのかアルフ自身もよく理解していなかった。ただ、自分の家に二人が居て、キャロが作った夕飯を食べているうちに毎週楽しみにしているドラマの録画をし忘れていることを思い出すくらいの軽い気持ちで思いついたのだ。

 

「寝首を掻くってこういう時に使う言葉だったかな」

 

 一人、呟いてみる。

 当然のように返事はない。

 あるのは未だに整理がつかずに絡み合ったままの思考と、それを放置したままどうすることもなく彷徨う理性だけ。

 自然と手が伸びた。

 今度は扉を開くためではない。もちろんその先にはドアノブなんてありはしない。

 あるのは無防備な首。

 無邪気に曝け出された首筋は魔性を帯びたように白い。純白の首筋は鋭く尖った爪先で軽く触れるだけで裂けてしまいそうな程に儚く見える。さっくりと爪先がめり込めばたちまちに紅が吹き出し、布団から何まで部屋中を染め上げるであろうことは容易に想像できる。

 妖しく露わにされた小枝を思わせる細い首は、その先に生えている頭を支えるには些か不安に思われて仕方ない。今から全くの別物にし、完全に分離させる作業が始まる。

 作業自体は至極簡単なものである。それは思いのほかアルフ自身が直感で汲み取っていた。

 

「ははっ……、直ぐオワルヨ」

 

 アルフの指先に力が込められる。

 指の付け根から末端にかけて、指の一本一本全てに筋が浮かび上がる。

 何もかもを忘れて自分がただの機械のごとく忠実に作業を実行しようとしている。

 一瞬の溜めを持って爪が鋭角に首筋へと向けられ、素早く振り下ろされた。

 

「アルフお姉ちゃん? 何してるの」

 

 嫌な音を立てて爪先がめりこんだのを感じる。

 廊下ではカレルとリエラが眠そうな瞼を擦りながら部屋の中を覗き込んでるのが振り返ると確認できた。状況を把握している間中でもアルフの頭の中には耳障りな音が纏わりついて離れなかった。

 布団へと深く突き立てられた自分の指を顧みずにアルフは廊下の二人をじっと見やる。それは純粋が服を着て歩いていると言っても過言ではない無垢であった。

 視線を戻して手元を確認する。

 振り下ろされた鋭利な爪は目標を捕えることなく布団へと深々と突き刺さっている。

 何故掠ることさえしなかったのだろうか。あの状況ではいくら咄嗟に外そうとしても間に合わない程であったはずだ。まして声に反応して故意に軌道を逸らした訳でもない。

 では一体何故。

 爪を引き抜くと、血液の代わりに柔らかな羽が繊維と共に宙を舞った。

 巻き上げられた羽毛はその身に風の抵抗を受けて、ゆっくりと降下を始め、地面に落ちることなくアルフの眼前を漂う。

 自然と手が伸びる。

 今度は何かを確かめるように、何かに縋るように。掌に舞い降りた羽をしっかりと包み込み真摯に受け止める。

 

「最初から、狙ってなんかいなかったのかな」

 

 端から切り裂こう等と思っていなかったのかもしれない。例え思っていたとしても、そんなの正常な判断とはかけ離れ過ぎているにも程があった。

 アルフの中でどこか迷いが残っていたのかもしれない。もしくはどこかで踏み止まるだけのなけなしの理性が働いたのかもしれない。

 原因なんてわからないし、最早どうでもいい。

 エリオとキャロ、二人を傷つけずに済んだという安堵の気持ちがアルフを満たす一方で、一歩違えていたら取り返ししようのない事態に陥っていたかもしれないという恐怖もまたアルフを襲った。

 堪らなくなったアルフはベッドから飛び退き、カレルとリエラのもとへと駆け寄った。そして両の手でしっかりと抱き寄せて、ただひたすらに言葉を繰り返した。

 

「ごめんね……、ごめんね」

 

 口をついて出るのは謝罪の言葉しかなかった。

 後から追従するように言葉が溢れ出てきて止められなかった。

 自分の腕の中で困惑の表情を浮かべる二人を余所に、アルフはしばらくの間そうすることしか出来なかった。

 

 

 翌朝の朝食はいつも通りという訳にはいかなかった。

 自然にしようとしても、どこかぎこちなくなってしまった。

 

「な、なあカレル。き、きき昨日のことは覚えてるか?」

 

 頬を引き攣らせながら強引に質問を投げかけてみた。

 きっと今の自分は相当に滑稽な顔をしているんだろうな、等とくだらない想像を巡らしながら返答を待つと、予想外れの言葉が返ってきた。

 

「え、昨日のことってなーに? 僕ずっと寝てたよ」

「あれっ、覚えてないのか? リエラは?」

 

 アルフは思わず聞き返していた。

 

「昨日はずっと寝てたよー。途中で起きたりしてないもん」

 

 リエラも同様の反応を示す。

 

「そっか……。まあ二人とも寝ぼけてたから覚えてないんだろ。気にすんな」

 

 確かに昨夜は相当寝むそうにしていたのは事実だ。だったら覚えていなくても無理はない。こちらとしてはそのほうが好都合だった。

 こんな幼い二人に自分のあんな汚らしい一面を見せる訳にはいかない。

 それは自分の為にというよりかは、カレルとリエラの為であった。

 これから成長していく過程において、あんなものを記憶に留めておく必要は全くない。そんなつまらないものの為に二人の今後に多少なりとも影響を残したくはなかった。

 ただ、覚えてないことをいいことに昨夜の自分のしようとしたことまでなかったことにしているようで、やはり良心というものがあるのならば多少は傷んだのかもしれない。

 

「やっばー、そろそろ行かなきゃっ」

 

 今日も今日とて朝のフェイトに余裕などという尊い言葉は一欠けらも無いようで、これまたいつも通りに慌ただしく準備もそこそこに家を出ようとしている。

 

「ほらっ、エリオとキャロも早くして。一緒に行くよ!」

 

 体格に似合わずお茶碗に山盛りに盛られた御飯を口一杯に頬張りつつ、更におかずにまでその箸を伸ばそうとしているエリオはどう甘く見積もっても朝食途中である。キャロに至っては未だマイペースにゆっくりとおかずを口に運び、良く噛んでから次のおかずへといった具合である。

 そんな状況を確認すると俄然フェイトの焦りは募りの一途を辿るのみである。

 

「あーいいからいいから。ちびっ子二人はあたしが届けてやるからフェイトは先に行きなよ」

 

 見かねたアルフは堪らず助け舟を半ば投げやりに放り投げた。

 手をひらひらとさせているアルフに後ろ髪を引かれつつも、見切りをつけたフェイトは玄関へとその俊足を生かして身体を走らせて行く。

 

「ま、そういう訳だからゆっくり食べてていいぞ」

 

 そんなアルフの行動が余程予想外であったのか、エリオとキャロはそれぞれ口に食べ物を運ぶ手を止めて、お互いを何度も見やってしまっている。終いにお互いアイコンタクトで意思疎通が図れたようで、アルフに視線を向けると綺麗にそろって軽く頭を下げたりした。

 そんな様子を見てアルフは思わず苦笑してしまったが、自分も朝食を済ませるべく目の前の卵焼きに箸を伸ばした。

 

■□■□■

 

 二人を連れて行く、と言っても実際には六課の隊社まではそれ程遠くはない。

 そうこうする間もなく到着する。

 

「着いちゃった――けど、ちょっとそこらでゆっくりしようよ」

 

 アルフの指さす先には開けた広場があった。

 きちんと舗装された歩道が中心に設置された噴水周りの小池から四方に向かって伸びており、小脇には花壇の並びがあり周囲に植えられた木々には豊かな葉が茂っている。噴水の近くはゆったりとしたスペースが確保されており、所々にはお昼時に六課に勤める職員達がお弁当を食べるのにも利用されている小休憩には調度良いベンチが備えられている。

 アルフ達はその一角に腰を下ろした。

 ここまでの道中は短かったが、アルフにとある決意を抱かせるには十分な距離だった。

 きちんと話そう、と。

 このままではいけない、そんな思いがずっとアルフの胸中に蔓延っていた。そして謝ろうという決意もまたしていた。

 昨夜のことは未遂で済んだが、決して許されない非人道的な行動だったことには違いないのだ。このまま二人に黙って何事もなかったように振舞うのは限界であった。

 全て話そう。

 そう固く信念を持ったアルフはもう自分の気持ちから逃げなかった。

 

「――あのさっ! 昨夜なんだけ――」

「あ、フェイトさん!」

 

 言いかけた言葉は途中であらぬ発言により半ばで止まってしまった。

 

「え、フェイト?」

 

 アルフもそちらに気を取られてしまい、二人が顔を向けている方角へと視線を移す。

 

「こらー、二人とも何してるの。早く集合しなさい。駆け足!」

 

 フェイトの号令により二人はそちらの方へと駆けて行ってしまった。

 遠目で見る限り、フェイトは号令通りにきちんと集合した二人にいくつかの言葉を投げかけると、二人を隊社に向かわせた。

 それを見届けたフェイトは今度はこちらに目線を向けて歩いてくるので、遠巻きに眺めていたアルフはぽつんと独り取り残されずに済みそうである。

 

「どうしたんだい、フェイト?」

 

 そりゃ尋ねるってものだ。

 何せタイミングが良すぎる。

 

「話し相手は二人じゃなくて私でしょ、アルフ」

 

 風に吹かれて揺れる金色の髪を少し手で押さえながら、フェイトはベンチへと近づき、隣にそっと腰を下ろした。

 そして真っ直ぐにこちらの瞳の中を覗き込んでくる。

 

「……あたし、エリオとキャロの事が嫌いになっちゃったみたいなんだ」

 

 自然と、言葉が出てくる。

 フェイトはそんなアルフを咎めることなく視線を逸らさずに耳を傾ける。まるでそうすることで続きを促しているかのように。

 全部話してしまおう。

 アルフはそう感じた。

 フェイトに今の気持ちと、自分がどれ程醜い存在であるかということを曝け出そうと。それで例えフェイトが受け入れてくれなくたって構わない。自分はそれだけのことをしでかしてきたし、思ってきた。

 今はただ溢れ出てくる想いをきちんと言葉としてフェイトに伝えなければいけない、そんな気がした。

 

「それで、あたしは……昨日あいつらにとんでもないことをっ……!」

 

 そっと抱き寄せられた。

 不思議な香りがふわりと漂い、鼻腔を撫でていく。やわらかく、しっかりと抱き寄せられたフェイトの身体は温かい。

 ふと、指先がアルフの頬を伝った。

 そこで、ようやく自分が涙を流していることに気が付かされる。

 

「知ってるよ。アルフのことは全部知ってるよ」

 

 今度は優しく語りかけられる。

 ひとつ一つ丹念に言葉が紡がれていく。

 

「カレルとリエラに感謝しないといけないね」

 

 少しおどけた口調で頬をぐいぐいと押してくる。

 

「な、なんでそんなことまで――っ!」

「気がついた?」

 

 意地悪く笑ってみせているが、本当に全部を知っているのかもしれない。

 

「あれってフェイトがやったのか!」

「幻術も術式と魔力回路次第で、質量を持たせることも質感を再現することもできるのだよ。勉強不足だねアルフ」

 

 鼻を鳴らして胸を反らすフェイトを、開いた口を閉じることも忘れているアルフは見上げることしか出来ない。

 

「ちょっと最近はあの二人に掛りっきりだったからね。アルフに少し意地悪しすぎたかなーと思って。でもまさかそこまで思いつめてるとは思わなかったから少しだけ焦っちゃった」

 

 苦笑を浮かべてアルフの頭をくしゃっと掴む。

 

「それに過ちに自分で気づいて、今は反省もしている。それでいいじゃない」

「でも、あたしはもうあいつらとどうやって仲良くすればいいかわかんないよ! あたしはそこまでお姉さんじゃないから我慢なんて出来ないよ!」

 

 形振りなんてとうにありもしなかった。

 そこにいるのは母親に抱きかかえられつつ全力で抵抗するべく手足をばたつかせる子供そのものだ。

 

「やれば出来るじゃない」

「――えっ?」

 

 あまりにも予想外だったのでしばらく駄々をこねるのも忘れて沈黙してしまった。

 やっとのことで発した声もきちんと言えてるかどうか定かではないし、酷く滑稽なものだったに違いない。

 

「無理にお姉さんとして振舞う必要なんて無いってこと。好きなことは大好き。嫌なことには文句を言って暴れ回るくらいの元気がないとね」

 

 たったその言葉だけで救われた気がした。

 今までずっと内に秘め続けていた悩みが嘘みたいで。胸の奥底で沈澱していた不要物はどこかに吹き飛んでしまい、身も心も軽くなるのがわかる。

 

「ホント、フェイトにはお見通しだね。敵わないや」

「当たり前でしょ、長年連れ添ったパートナーなんだから」

 

 至極当然のようにそう言い放ってしまうフェイトがどうしようもなく羨ましく、狂おしいほどに愛おしかった。それでも確認したいことがあった。

 

「あたしはまだ、フェイトの使い魔で居ていいのかな」

 

 それは自分の存在意義を問われる大切な質問であった。

 返答次第では自分の生きる方向性を見失うことになりかねない。だが、フェイトがアルフの期待を裏切ることなんて口にするはずもなく、いつも想像以上の温かさを持って応えてくれることをアルフは知っていた。

 

「もちろん。だけど一つ守ってほしいことがあります」

 

 人差し指をぴしっと立てて、先生のような口調になったフェイトはわざとらしく咳払いをすると後に続けた。

 

「これからは家族みんなで仲良く暮らすこと、いいね」

 

 そう言いながら鼻先に触れた指先は、くすぐったく、そしてどうしようもないくらいに温かいものであった。

 

■□■□■

 

「ただいまーっと、誰もいない?」

 

 自宅の玄関を開けたフェイトは習慣通りに帰宅の旨を知らせるべく声をかけるが、今日は何故だか反応がない。

 昼過ぎの買い物に出かけた時点では家に何人か留守番をする者がいたと記憶していたが、フェイトの勘違いであったのだろうか。不審に思いつつも、買い物袋を提げたままリビングへと歩を進める。

 到着した先で目に飛び込んできた光景に、フェイトは思わず顔を綻ばせる。

 エリオ、キャロ、アルフの三人が日当たりの良いベランダ側の窓ガラス付近で寄り添い合う形で寝息を立てている。

 その手はお互いの手を握りあって決して離すまいとしているようだ。もうこれからはずっと一緒だと、そう主張するかのように。

 

「起きたらまた賑やかになりそう」

 

 文句を言いつつ、フェイトは鼻歌交じりに夕飯の支度を始めるべくエプロンに手をかける。

 元気な子供達のおかげで今日も騒がしくなりそうな午後のひとときを、フェイトは噛み締めるようにそっと微笑んだ。