「わりとヒマな幼馴染みの日常」
からん。
グラスに入れられた氷が小気味良い音を立てた。
結露したコップから集結した水分が滴る。グラスの下に敷かれたコースターがまた少し汗ばんだ。
「明日だね」
そう呟きながら、すずかはアイスコーヒーの入ったグラスに手を伸ばした。
そして一口啜ると、再び口を開いた。
「なのはちゃん達と会うの久しぶりだね」
「そうね」
アリサはストローで氷を突きながら答えた。悪戯に突かれた氷達がからんころんと暴れまわる。
はやてから、「明日そっちでちょっとした調査があるからよろしくな」と知らせを受けたのはつい先日のこと。そのためというわけではないが、アリサとすずかはこうして喫茶店で幼馴染み達について話題に花を咲かせていた。まぁいささか花の咲き具合が芳しくない様ではあるが。
「もう、アリサちゃんなんか素っ気ないよ」
すまし顔で答えるアリサをすずかが嗜めた。
「そんなことないわよ。ただそんなにはしゃぐ様な年齢じゃないでしょ。私達は」
アリサはずずっと音を立ててアイスコーヒーを啜った。
「えー年齢なんて関係ないよー」
「んーまぁそうかもしれないけどね……」
アリサは口ごもる。そしてでもと続けた。
「やっぱり恥じらいってもんがあるじゃない」
がっしゃがっしゃと氷を掻き混ぜながらアリサはそっぽを向いた。それを見たすずかは、
「自分の気持ちに嘘ついたらだめだよ。自分に正直にならないと」
ねっ、とアリサを目で諭した。
「……まぁそれもそうね。すずかの言うとおりかもね」
アリサは納得した様に腕を組み、うんうんと頷いた。そしてそれにしても、と切り出した。
「あのちっちゃくて危なっかしい女の子がもう十九歳ですか。はぁ〜月日が経つのは早いわねまったく」
「アリサちゃん、ちょっとオヤジくさいかも」
「しかも今じゃ戦技教導なんとかっていうとこの教導官らしいじゃない」
「なんとかって……」
そう言ってすずかは苦笑する。
「それを言ったら私達だってもう十九歳だよ」
肩に掛かった髪を背中に流しながらすずかは言った。
「言えてる」
アリサは喉の奥で笑って頷いた。
「はぁ〜なのは達は立派な社会人てわけかぁー」
感心したようにアリサは呟いた。
「まぁ一応社会人ってことになるのかな」
口元に指を当ててすずかは答える。
「昔あの子達の授業ノートを取ってあげてたのが懐かしいわね」
「そうだね……」
すずかはそう頷いて思い出す。あの頃のことを。なのはが一人で全て背負い込んでいたこと。それが原因でアリサと衝突してしまったこと。そしてそれに対してすずか自身も心を痛めていたことを。今ではどれもが懐かしくて、どうしようもなく愛おしい……。
「懐かしすぎておじさんは泣けてきちゃうよ」
くーっと涙を拭う仕草をアリサはして見せた。
ああ……せっかく感傷に浸っていたのに、とすずかは苦笑した。
「ふうーったく、久しぶりに会えるってのに仕事なのが残念よね」
「しょうがないよ。なのはちゃん達お仕事忙しいもの」
あははとすずかは笑い、でもと続けた。
「やっぱり直接会うのって大きいよね。メールや電話だけだと寂しいもんね」「あたしはすずか程寂しがったりしてないわよ。そりゃあちょっとは会って話しくらいしたいとは思ってたけど」
アリサはわざとらしくすずかから目線を逸らしてそっぽを向いた。
「えーほんとかな〜」
「な、何よ。別に嘘なんかついてないわよ」
訝しげな視線を感じたアリサはすぐさま弁明した。
「なのはちゃん達に会えなくて寂しい時に、アリサちゃんが何をしてたか当ててあげよっか?」
すずかは妖しく微笑んだ。
「え、……な、何言ってるのよすずか」
アリサはうろたえた。すずかのまどろんだ双眸が自分の心の中を見透かしているようで。
「アリサちゃん……素直にならなきゃってさっき言ったよね」
すずかがじっと見つめてくる。虚ろな視線はしかしアリサを捉えて逃がさない。心がきゅっと締め付けられる。このまま穴が空いてしまうんじゃないかと思えるほどアリサは見つめられた。
「アリサちゃんったら夜のベッドで――」
――まずいっ。
アリサは直感した。何故すずかがそれを知っているのかは問題ではない。いや、まだ知っているという確信があるわけではないが、そんな悠長なことを考えている暇はアリサにはなかった。
「――夜な夜な」
「わーーすずかーー! ストーップ!!」
「夜な夜な寂しさを紛らわすために抱き枕抱いてるんでしょー」
時間が止まるとしたらまさにこの時ではないだろうか。
落ち着いた雰囲気である喫茶店の一角がさらに沈黙した。
陽気に笑ったすずかに対し、アリサは口を空けたまましばらく呆然とした。
「……はい?」
随分経ってからようやくその言葉だけ発することができた。
「もうアリサちゃんったら照れなくてもいいのに。抱き枕が無いと眠れないなんて可愛すぎるよ〜」
頬に手を添えながらすずかは身をくねらせている。アリサは数秒間を置いてから慌てて口を開いた。
「あ、あーそうそう。そーなのよね。何言っているのかしら私ったら」
あははーとアリサは乾いた笑い声を響かせた。その様子を見たすずかは何やら思い至った様で、別の疑問をぶつけてみた。
「あれ? もしかして違った……? 本当は何か別のことしてるの?」
「なっ、べ、別に何もしてないったらー!!」
思わず立ち上がってアリサは叫んだ。その拍子にテーブルが少し傾いだ。
グラスに残った氷が微笑む様に、あるいは呆れた様にからんと音を立てた。