「夢は外周」


 広大な大地。そびえ立つ崖。切り立つ壁の隙間からは晴天が臨める。
空には雲がゆったりと佇み、大地は一面に野草が生い茂っている。木々には豊かな木の実が実り、枝で羽休めをしている鳥のさえずりが耳に心地よく響く。
 第七管理世界。管理局管轄のこの世界は自然が息づく長閑な世界。
 ふわり。
 まるで羽が舞うような風と共に上空から影が降りてくる。それは彼女を迎えにきた白馬に乗った王子様と見間違えそうな程の少年。いや、少年と形容するには少々彼に失礼だろう。昔の面影を残しつつその端正な顔はきりっと引き締まり、精悍な顔つきになりつつある。

「そっちの様子はどうだった? キャロ」

 ゆったりと翼を休めるフリードの上からエリオは呼びかけた。

「こちらも異常ありません、エリオ副隊長」

 それに対し、キャロはびしっと敬礼をしてわざとおどけてみたりする。

「その呼び方はやめてくれよ。まだ慣れないんだ」

 苦笑を浮かべてエリオは困ってしまう。

「ふふ、ごめんエリオ君」

 ぺろっと舌を出して、キャロは微笑んだ。もし第三者が見ていたら、見ているほうが恥ずかしくなってしまう光景だ。

「さ、そろそろ移動しよう。まだ任務は終わってないよ」

 エリオはフリードから身を乗り出して、キャロに手を差し出した。

「そうだね」

 キャロは差し出されたエリオの手を、躊躇うことなくしっかりと握った。そして、勢いをつけてフリードの上に飛び乗った。

「んしょっと、――き、きゃあっ!」

 勢い余ったのか、キャロはそのままエリオにもたれ掛かってしまう。

「うわっと、大丈夫キャロ?」
 エリオはとっさに抱きと止めた。肩と腰に手をあて、しっかりとキャロの体を支えている。

 しばし見つめあう二人。紅潮する頬。脈打つ鼓動。時折り鼻にかかるお互いの呼気。
 そしてどちらからともなく――離れた。

「ご、ごめんねエリオ君。重かったでしょ」
「そそそそんなことないって! ちょっと強く引っ張りすぎちゃっただけだから」

 二人して耳まで真っ赤にさせてあさっての方向を向いてしまう。
 この歳になるとキャロも羞恥心というものを理解してきたようで、最近ではこのような反応も珍しくなくなった。昔は頻繁にエリオに対して過剰なスキンシップを求めてエリオのことを困らせていたものだ。まぁ困らせていることに関しては今も昔も変わってないようだが。
 まして今やキャロも立派な大人の女性。出るとこは出て、引っこむとこは引っこんでるという女性らしい体型になった。エリオにとっても、以前にも増して意識しないほうが難しいだろう。

「そ、それにしても今回の任務は随分と平和だね」

 話題を逸らそうとしたのだろうか、キャロが先に口を開いた。先程から横目でエリオの様子を窺っていたところを見ると、話しかけるタイミングを計っていたのだろう。

「た、確かにそうだね」

 エリオも気を取り直して言葉を続けた。

「今回の任務自体が『自然環境の保護観察とその記録」
「しかも特定危険思想をもった人物もデータベース上に該当無し」

 エリオの説明を聞いていたキャロはその後を括った。

「でも油断は禁物だよエリオ君」
「そうだけど、さすがに今回はゆっくりできると思うよ」

 油断大敵、確かにキャロの言い分はもっともである。

「そうだね」

 頷いてからエリオは言葉を続けた。

「でも僕はこういう任務の日くらいは、キャロと二人でゆっくりしたいんだけどな……」

 エリオはしっかりとキャロの瞳を見つめた。

「エリオ君……」

 キャロも目が据わったようになり、エリオから目が離せなくなっている。
そのとき不意に強い横風が吹いた。

「きゃっ」

 キャロはよろめいてエリオに体重を預けてしまった。

「大丈夫かい。キャロ」
「うん、ごめんねエリオ君……」

 再び二人の距離が近づく。先程よりもずっと近い距離。もう相手は目と鼻の先。少し前に動いたら触れてしまいそうな程に。
見つめ合う二人。
 そしてどちらからともなく――――。

「そして一気にキスよーー!」

 夜中の一室。奇声を発しながらキーボードを一心不乱に叩く様は中々に変態である。
 その変態もとい、シャマルは鼻息を荒げ、目を爛々とさせてディスプレイを食い入るように見つめている。

「そしてその後は一気にクライマーーックス!! もう押し倒してしまいなさい!!」

 設定上は空飛んでましたよね。そんなことしたら危ないということはシャマルの頭の片隅にも残ってないようだ。

「その後の展開は……じゅるり。はっ、いけないわ、ついヨダレが」

 女性ともあろう人がはしたないですよ。

「こんなことしてる場合じゃないわ。今回はこの新刊を完成させてイベントにコスプレして乗り込むんだから!」

 会場外でのコスプレ等はご遠慮下さい。

「うふふ、このクオリティなら完売間違い無しね。当日が楽しみだわ」

 握り拳を掲げ、ガッツポーズをとるシャマル。

「どこのサークルよりも早く四期を先取りしてやるんだから!」

 真夜中の部屋で一人、意気揚々に張り切っていた。

「なあはやて。さっきからシャマルのやつ息荒げて何してんんだ?」
「さあな。ようわからんのやけど、なんや締め切りが近いとか、新刊がどうとか言うとったな」
「なんか、漂う雰囲気が近寄りがたいのは気のせいかな」
「いや、多分気のせいやない。そっとしといてあげよ、ヴィータ。な?」

 家族にその身を心配されつつも、その後もシャマルの部屋からは薄気味悪い笑い声が一晩中漏れ聞こえていたという。